FUNKY MONKEY TRAVELERS

CROSS THE MIDDLE EAST 12 -中東旅行記-

12.一期一会

高級アラビアレストランでごちそうになる

高級アラビアレストランでごちそうになる

翌朝、僕と平野さんとリタはイギリス人のクリスと別れ、ベイルート行きの飛行機に乗り込んだ。40分程のフライトだったが、リタは常に上機嫌に僕たちに話かけてきた。
レバノンと言えば、日本人にとってはすぐに頭に浮かぶのが「レバノン内戦」のことだろう。日本人には「レバノン」=「危険そう」というイメージがあるはず。しかし、その昔は中近東でも一番の観光地で、中東の「ニース又はスイス」と言われるほどのリゾート地であったらしい。そんな美しかった町が戦争でメチャクチャになったのだ。戦争とは美しいものをも一瞬にして壊してしまう。
そうこう考えている間にベイルート空港に到着。空港にはリタ家の運転手が迎えにきてくれていた。予想はしていたがびっくりした。そしてリタの家へ。彼女の家はベイルート郊外の高級住宅街のマンションだった。マンションといってもすごく豪華。家の中には、プロレスラーのようなSPが二人もいた。家の内部には見事な装飾品がならび、召使の人もいた。中東のお金持ちは違うと思った。
ビブロスの夕日

ビブロスの夕日

そんな立派なお宅でありながら、お家の方々は見ず知らずの汚い日本人を快く迎え入れてくれた。結局、2泊させてもらうことになり、リタは自家用車でレバノンの観光名所を時間の許す限り案内してくれた。
案内してもらったのは、バルベックとビブロスという世界遺産にも指定されている遺跡であった。しかし、残念なことにそれらの遺跡の多くに内戦の傷跡が残っていた。銃弾の傷跡や石像や石柱が崩されいたりというひどいものだったが、それでも世界遺産に指定されているだけあり、素晴らしい遺産だった。
バルベックにはギリシャ・パルテノン神殿に負けるとも劣らないほどのローマ神殿(バッカス神殿)が現存している。かつては3神殿あったらしいが、完全な形を残しているのは、バッカス神殿のみで、最も大きかったジュピター神殿は6本の列柱だけが残っている。
ビブロスは岩礁に守られた港町で、ローマ時代から海上貿易の中継地として発達した町で、ローマ様式の円形劇場跡や聖堂の跡があった。しかし、ここで僕の心に残っているのは素晴らしい夕日の光景だ。地中海へと沈む夕日。そのオレンジ色の光が幾重もの岩礁に反射して岩礁がオレンジ色に輝く・・というなんともいえない美しさだった。3人でその夕日をボッーと眺めていると、ここがレバノンであることを忘れてしまう。
ヨルダンに戻る日、リタとは家から近くのタクシー乗り場で別れ、平野さんと2人でベイルート市街を歩きまわった。リタは「ベイルート市街なんて、何も見るものなんてないわよ」と言っていたが、それは内戦後の町並みを見せたくないという気持ちの表れだろうと思った。それを察した僕たちは、「空港まで送ってもらう必要なんてないよ」と言って、こっそりとベイルート市内を見てまわることにした。
ベイルート・殉教者広場のブロンズ像

ベイルート・エトワール広場のブロンズ像

車中からは見ていたが、実際に歩いて・見て・まわると、その戦争の被害の凄さを実感することが出来た。予想はしていたがそれ以上。廃墟となった巨大なホテル、崩れかけのアパート、そこに今でも住んでいる住民、銃弾で壁が蜂の巣状態になった教会、銃弾で腕のとれた公園のブロンズ像・・これらは今まで目にした事のない現実だった。戦争の恐ろしさを垣間見た。そして、レバノン人が悲惨な戦争を乗り越え、復興に向けてがんばっている姿も・・。 
戦争についてリタと話したとき、彼女は心からこの戦争を憎んでいた。そして、まだ完全に終わったとはいえない中東情勢についても嘆いていた。「戦争」僕たちは映像でしかその現実を知らなかった。しかし、実物は全く違っていた。かなりのショックを受けた。まじで恐ろしい。それに、人間の生命力は強いということも改めて思い知った。
そして、この機会を与えてくれたリタ、彼女には言葉では言い表せないぐらい世話になった。大体、僕たちはそれまで本当に他人だった。そんな僕たちを快く自国・自宅に迎え入れてくれ、観光案内までしてくれて・・
旅の出会い。それは一期一会。もう二度と会うことはないかもしれない。でも、その出会いを大切したい。それが旅の醍醐味だと思う。