FUNKY MONKEY TRAVELERS

CROSS THE MIDDLE EAST 07 -中東旅行記-

7.哀愁のパルミラ

僕はアレッポを出発し、ホムスへと向かった。ホムスはシリアの中心に位置する交通拠点。そのバスターミナルはたくさんの人とバスと騒音であふれていた。僕はバスを降り、パルミラ行きのバスに乗り換える。バスにはアラビア語で行き先が表記されているだけなので、外国人の僕には全くわからない。しかし、周りの人間が「ダマスカス? パルミラ?」と聞いてくるので、「パルミラ」と答えると、パルミラ行きのミニバスへと連れて行ってくれた。でも客引きではないらしい。
乗り込んだバスはトヨタの古いワゴン車で、乗客は10人ほど乗っていて、車内はギュウギュウ詰だった。当然、僕を除く乗客全てがシリア人。若者から老婆、大きな荷物を持った母子まで様々な人がバスに乗り込んでいる。狭い車内でじっと我慢すること3時間。パルミラ遺跡は何の変化もない砂漠の真中に忽然とその姿を現した。まさに砂漠の中のオアシスだ。昔の人もこの姿を見て喜んだのかな。

パルミラ遺跡 記念門

パルミラ遺跡 記念門

パルミラ遺跡。紀元2世紀頃にシルクロードの商隊都市として栄えた。「パルミラに来ずして、シリアに来たことにはならない」それほどの場所だ。中近東屈指の遺跡。窓越しに眺めていると、このエリアだけずっと時が止まっているような錯覚を覚える。ずっと2世紀?
バスは遺跡に隣接するタドモールという町で停車した。町の大通りはアレッポに比べると閑散としている。いつものように宿探し。だが、観光都市であるこの町はホテル選びには苦労はしなかった。通りに面している数軒ある安宿の中でも比較的きれいなホテルを選び、チェックインした。
かなりのバス移動であったが、僕はほとんど休憩することなく、荷物を置いてすぐに部屋を出た。すぐにパルミラを目にしたかったのである。近くのレストランで腹ごしらえをして、さっそく遺跡へ。遺跡は町からは少し離れている。わざと俗世間とは離別させているのだろう。歩いていくと、まず目にするのが、記念門といわれる3連のアーチ状の石門。その門をくぐると、一直線に道が走り、その左右には高さ30mほどの巨大な石柱が一列に連なっている。ここがメインストリートらしい。メインストリートを進むと、大きな神殿や円形劇場などがあり、当時の建築技術の高さを物語っている。このパルミラ遺跡、ローマ~中国を結ぶシルクロードのオアシス都市として、その交易に高い関税をかけて栄華を極めた。しかし、当時強大な力を持っていたローマ帝国に反逆し、滅ぼされ、廃墟となったのである。これほどの遺跡でありながら、観光客も少ない。それだけに貴重な遺跡なのかもしれない。
四面門 パルミラ遺跡

四面門 パルミラ遺跡

やがて、日が暮れてきて、太陽がパルミラ遺跡を赤く照らした。石柱が長細い影を作り、幻想的な風景を作り出す。約1700年前と大して変わりのない光景。違うのは時代と人の往来の数だけ・・そう思うと少しパルミラに哀愁を感じた。