FUNKY MONKEY TRAVELERS

行くしかないだろVENEZUELA 01-ベネズエラ旅行記-

1.再結成

2000年5月の半ば頃、大阪鶴橋の有名焼肉店でちょっとした飲み会があった。居合わせたのは、僕と職場の上司・同僚、そして以前同じ職場で働いていたゆうさんとその部下だった。まあ、久しぶりに大阪に帰ってきたゆうさんとの同窓会のような集まりだった。
ゆうさんといえば、昨年、初めての海外旅行で僕と一緒にジンバブエを旅したつわものである。もう今年で51歳。白髪も増え、視力も徐々に衰えてきているらしい。老眼なのだろう。でも、相変わらず、ビールはよく飲む。昼休みには毎日5キロのランニングを続けているらしく、体力ではかなわない。
「今年はどこ行くねん?」
さも、自分も一緒に行くが当たり前な素振り。やばい・・僕は苦笑いをして、お茶を濁しておいた。今年は一人? その考えにそれほどの迷いはなかった。ただ、確かに昨年のジンバブエは面白かった。場所の選択もよかったし、その日程もエピソードもすべてが完璧だった。あの旅を超えるものはもうないかもしれない。そう考えていたのも事実だった。
でも、今年の旅先候補地は特別だった。通常であれば、直前に3つぐらいの候補があり、そこから条件に合うものを選ぶわけなのだが、今年は1つしか思い浮かばなかった。それは、南米ベネズエラ・ギアナ高地。地球最後の秘境といわれるこの地には、世界一の落差を誇る滝”エンジェル・フォール”がある。
昔、ニュースステーションの特集で「ギアナ高地」が放送され、その存在を知った。すごい場所。その当時は、ギアナ高地は本当に秘境としての存在だった。簡単に行けるなんて思っていなかった。ところが、5年前、イスラエルのエイラットで一緒だった藤田君から絵葉書が来た。ベネズエラ・カナイマから。カナイマとは、ギアナ高地の名所エンジェル・フォール観光の拠点となっているところである。「へぇ、行けるんだ」とその時は思っていたものの、南米ベネズエラといえば、治安が悪いことでも有名だったし、社会人で時間的にも距離的にも南米なんて無理じゃないかと自分で納得していた。
でも、再び僕をその気にさせたのは「グレート・ジャーニー関野義晴氏」だった。その番組のギアナ高地編を見て、「僕もグレートな旅がしてみたい。エンジェル・フォールを見てみたい。」という思いが高まった。そして遂に、ベネズエラ行きを決意した。2000年ミレニアム旅行にふさわしい秘境だ!
エンジェル・フォールは雨季である7月から9月頃しか、目の前で見ることはできない。それ以外の季節は飛行機で空からということになる。つまり、季節的に今の時期が最もよい。完璧だ。
ギアナ高地なら、あのメンバーなら、去年のジンバブエを越えるかもしれない。でも、Maruは扱い難い。ただ、あいつを連れて行くメリットが一つだけあった。それはビデオ撮影。去年のビデオをほとんどMaruが撮影していた。後々見て良かったし(行ったとことがよかったからなんだけど)、あいつのナレーションもそれなりにイケている方だった(つまらないギャグ盛りだくさんだったけど)。
「仕方ない、Maruはビデオ撮影用員だな。決まり!」
僕は2人に召集をかけた。初めはウダウダ言っていたMaruだったが、最後になって「参加させてください」と言ってきた。ゆうさんはふたつ返事だった。メンバーは決まった。

  • 僕・・・ツアーリーダー。職業:カメラマン(ほんとうは、大学職員)。27歳。円熟期に入ったファンキーな旅人。自己中心なサブリーダーをどう操るのかが鍵。
  • Maru・・・サブリーダー。職業:つまらないギャグメーカー(ほんとうは、企業戦士)。27歳(自称19歳)。そのほとんどが「機嫌が悪い」又は「気分が悪い」扱い難い奴。特技は走ること。今回は、ただのビデオ撮影用員。
  • ゆうさん・・・元上司。51歳。健康には自信あり。英語は話せないが、ビール・酒は大好き。海外旅行はジンバブエ、韓国に続き、3度目。

しかし、問題が起こった。僕の人生最大の怪我。(詳しくはPROLOUGE参照)
でも結局、僕は怪我を押して行く事にした。他のメンバーがその日程でしか休めないし、僕の仕事の都合でも時期をずらすことは難しかった。ギブスはとれているが、まだ患部は腫れている。
それは、僕に与えられた宿命なのだ。その試練を乗り越えてこそ、素晴らしい感動が待っている。
「だから、行くしかないベネズエラ!」
2000年8月24日、こうして僕たちはダラス行きのアメリカン航空に乗り込んだ。1年ぶりの再結成。そして、出発だった。
Funky Guys meet again,and travel again !