FUNKY MONKEY TRAVELERS

グレートだぜZIMBABWE 02-ジンバブエ旅行記-

2.神秘の遺跡

香港に到着し、ヨハネスブルグ行きの南アフリカ航空に乗り換えた。この航空会社、サービス自体は悪いがワインをどんどんついでくるし、アイマスク、歯ブラシ、タオルの入ったトラベルセットをくれた。ものには弱い。一応満足。
香港からヨハネスブルグまでは約14時間の長いフライトだった。ヨハネスブルグでも4時間のトランジット待ち。結局ハラレに着いたのは昼の1時過ぎ。前日の夕方6時に出発し25時間もかかった。昔、ペルーに行ったときは30時間近くかかったことがある。そのときは大丈夫だった。もう若くないのだろうか、かなり疲れた。入国審査の書類を記入し、Maruとゆうさんに見せてやった。2人の書きかけの書類は、どちらも氏名の記入欄が間違っていた。姓と名を反対に書いていた。Maruの英語力には、改めて不安を持った。やっぱりバカだ。

ハラレでローカルバスを待つ

ハラレでローカルバスを待つ

今回の旅では、グレートジンバブエ、ワンゲナショナルパーク、ヴィクトリアフォールズの3ヵ所が主な目的地だった。長旅で 幾ら疲れていようとも、我々には時間的余裕などなかった。空港に到着してすぐに、最初の目的地グレートジンバブエを目指し、その拠点となるマシンゴへバスで向かった。バス停まではカリストさんが連れていってくれた。
カリストさんは、うち大学の留学生で、僕が無理に友達になってもらった人だ。帰郷するというので一緒にジンバブエにやってきた。カリストさんの家はハラレにあり、最終日に再び会う約束をして別れた。

乗り込んだバスは、かなり古そうなローカルバス。ボロボロだが、かなり速い。普通の道路を時速100kmぐらいでガンガンとばす。乗り心地は最悪だ。結局マシンゴに着いたのは午後7時。ハラレから4時間ぐらいかかった。辺りは真っ暗だった。バスの停留所から町の中心まではかなり遠いので、タクシーを拾って移動した。泊まったのはロンリープラネットに載っていた ” BACKPACKERS REST ” 。ドミトリーで一人300円ぐらいだった。10人部屋の客は、我々日本人の他にイギリス人が1人、他はすべてアフリカ人だった。

次の日、グレートジンバブエへ。マシンゴからは車で40分ぐらいだった。グレートジンバブエとは石でできた巨大遺跡。国名ジンバブエとは「石の家」を意味するのだ。この遺跡は世界遺産にも指定されている13世紀に栄えたショナ族の王国の跡だ。当時は南アフリカでも強大な力を持った国だったらしい。この遺跡名が国名にもなったのだから、ジンバブエ人の誇りともいえる。

遺跡にて。決めポーズのMaru

遺跡にて。決めポーズのMaru

遺跡は、平地にある神殿部と丘の上にある城砦とに分かれており、城砦からは遺跡が一望できる。
中央の神殿部は高さ11m厚さ5mの石の壁で楕円形に255mにわたり覆われている。そのエンクロージャーが何層にも囲われており、壁と壁との間が狭く、迷路のようになっている。観光客も少なく、壁と壁との隙間から入る光線が美しく、とても神秘的な光景だった。昔、行ったペルーのクスコ市街を思い出す。学術的にもこの遺跡に関しての資料は少なく、謎が多いらしい。

ダンス!ダンス!

ダンス!ダンス!

この遺跡の隣には、観光客用にショナ族の村があった。一人5Z$払い、中へ入った。村の中では太鼓の音にあわせて、3人の少女が踊っていた。いかにもアフリカらしい音と踊りだ。ワクワクしてくる。
ダンサーMaruも彼女たちと一緒に真似て踊っていた。相変わらず陽気なやつだ。
ガイドの話では、この村には有名なフォーチュンテイラーがいるらしい。せっかくなので、その人に我々の未来を語ってもらうことにした。フォーチュンテイラーは60歳ぐらいの老婆であった。怪しく、呪文を唱えて精霊を呼び出し、我々の未来を語ってくれた。僕も一応語ってもらった。しかし、僕はこんなものは信じない。自分の運命は自分で決める。Maruは彼女の言ったことに納得していたみたいだ。予言では、Maruは子供をたくさん持つらしい。結婚すらできそうにないやつに子供の話とは・・

怪しげなフォーチュンテイラー

怪しげなフォーチュンテイラー

こうして、我々はジンバブエ第一弾、グレートジンバブエ観光を終え、次なる目的地「ワンゲナショナルパーク」を目指した。まだまだ旅は続く。